前回のブログです旦那...
支離滅裂とはまさにあの文章ですぜ。
いやはや。失礼しやした。
リベンジでもなんでもありやしませんけどね、
へへ、今日は別の話を聞いてくださいよ。
ある本に面白いエピソードが書いてありました。
離れ小島まで渡し舟の仕事をしている老人のところに、お客さんが乗り込んできました。その人は学者さんで、自分の知識をひけらかしてばかりいるとても威張った人でした。舟を漕ぎ始めた老人に向かって、自分がどれだけ魚の種類を知っているか、海洋学や天文学、あるいは気象学などの知識を豊富に持っているかということについて自慢をはじめました。
ずっと無言で聞き入っていた老人は、
「あなたは今私が話している意味がわかるかね?」
と学者に尋ねられると
「さっぱりわかりません」
などと答える始末です。すると学者は、
「ふっ、無駄な人生を過ごしているんだな。残念だ」
と鼻で笑いました。
しばらく漕ぎ進んで向こう岸が近づいてきたとき、老人が言いました。
「お客さん、あなたは泳げますか?」
学者は鼻で笑いながら言いました。
「ふ、そんな無駄な経験は私の人生には必要ないね」
すると老人はこう言いました。
「残念です。舟底に穴が開いてしまって、この舟はもうすぐ沈みます」
この話は、知識が豊富でも泳ぐことのできない学者より、知識はなくとも泳ぎを習得している老人の方が生きる力はあるということを端的に教えてくれています。魚の名前を全部知っている人より、一匹でも魚を捕れる人の方が生きていけるということでしょうね。
僕の生まれ島久松には、80歳を過ぎても現役の漁師さんがいます。たった一人でサバニに乗って沖まで出て行っては、星の位置や島の灯りなどを見ながら夜中にはちゃんと港に帰って来ます。潮の満ち干きや風向き、星や島の位置などから、何の目印もない大海原で魚の居場所を見つけ出すというからすごい話です。雲の動きや風の湿り具合などで、海が荒れだすことも予測できるといいます。機械に頼らず自然だけを相手に長年経験を積んで、生きる力を身につけてきたお年寄りたちはホントすごいですね。
写真は伊良部島佐良浜の海人たちです。