あれは僕が20歳のときでした。
都立病院の救急外来でアルバイトをしていた僕は、
一つ年上の職場の先輩に誘われ、彼のアパートに泊まりに行きました。
酒の好きだったその先輩と二人で深夜まで飲み、
翌朝、どんよりと重たい二日酔いで目を覚ますと、
小さな音量で心地良いメロディーが、部屋の中に流れていました。
ヨーロッパの古い街の片隅から聞こえて来そうな、
異国のフォークソングのようなメロディー。透き通る女性の歌声。
相模原の小さなアパートに、素敵な違和感の風を運んでいました。
それは白鳥英美子さんのアルバムだと、先輩が教えてくれました。
そのメロディーは、とにかく僕の胸に深く入り込んできました。
初めて聴くメロディーなのにとても懐かしい。
遠い思い出をたどって、どこまでも吹き抜けて行くそよ風のように、
切なくて優しくて、さわやかで透き通っていて、
ただただ感じる世界に僕を浸らせてくれました。
僕はすぐにそのアルバムを買いに行き、
あれから25年余り、ずっと聴き続けています。
楽しい事があったときも、
辛い事があったときも、
その音楽はあの時のままの優しさで
ただ感じるだけの世界に僕を連れて行ってくれます。
まさか会えるはずもない白鳥さんに、なんと8年前の「歌謡コンサート」
の会場でお会いすることができたのです。
奇跡は起こるものです。
歌謡コンサートに出演すること自体が奇跡のようなものでしたから(笑)。
トワ・エ・モアとして出演されていた白鳥さんの楽屋に挨拶に行くと、
当然のことながら、ご本人がいらっしゃるではありませんか。
ずっと聞き続けて来た声のご本人が目の前に!
僕はもうガチガチに緊張してしまって、挨拶をするのが精一杯でした。
あのこともこのことも言いたかったのに、本当に一言も声に発することが
できませんでした。
そのあと鳥羽一郎さんの楽屋、森進一さんの楽屋と続けて行ったのですが、
その方々はその方々で、僕が幼少の頃から見ているブラウン管の向こうの
大スターです。緊張しないはずがありません。うちの父なら床にひれ伏して、
目も合わせられないぐらいのお方々です。
緊張というのは、上書きされずにただ上塗りされていくものなんですね。
おかげでどこかの神経が麻痺してしまったみたいで、
本番は逆に普通に歌えてしまいました。
歌っている間の記憶がまったくないのですが(笑)。
何はともあれ、人生の中で生の白鳥英美子さんにお会いできた
あの貴重な一瞬は、僕の一生の宝物となりました。
僕の愛聴盤『AMAZING GRACE』『The Brand Knew World』
興味のある方はぜひ一度聴いてみて下さい。